2人の分も生きなあかん

 今日は、久しぶりに暖かく穏やかな天気に恵まれました。大地震が兵庫県などをおそい、6434人が亡くなった「阪神・淡路大震災」から、あす17日で23年です。つらい体験を、未来の防災に役立てようと語る人たちがいます。小学1年生のときに兵庫県神戸市長田区で被災し、弟2人を亡くした会社員の柴田大輔さん(30歳)は、「弟たちは生きる力をくれる存在」と言います。
 1995年1月17日、午前5時46分。柴田さんは、自宅1階で家族のみんなといっしょに寝ていました。「ゴーッという音が聞こえたと思ったら、下からつきあげられ、宙にうきました」。弟2人はたんすの下敷きに。「弟たちの泣き方がちがった。相当痛かったんちゃうかな」。1時間ほどして、その声も聞こえなくなりました。弟2人を残し、家は焼けました。母は死にそうな状態で助けられ、入院。余震におびえながら避難所で過ごしました。
お父さんと再会したのは、1週間後です。
親類宅や仮設住宅へ引っ越すたびに転校し、「お父さんとはなれたら、また、ひとりぼっちになる」と思い、学校へ通えなくなりました。担任の先生は自宅へ来て、校長先生は校長室で勉強を見てくれました。ふさぎこんでいたところをボランティアの学生さんに外へ連れ出してもらい、いっしょに遊んで「勇気をもらった」。
 18歳のとき、「自分も誰かを助けたい」と地域の消防団に入りました。働きながら地域の見守り活動などを続けています。2016年に震災の語り部グループ「語り部KOBE1995」に加わり、各地で体験を語り始めました。朝日小学生新聞(1月16日)より抜粋しました。
 さて、3学期から、5~6年の英語短時間学習(朝学習の時間)が始まりました。写真は、5年2組の様子です。亀山市教育委員会が作成した教材を活用して、週3回ほど、15分単位で学習をしています。