歴史博物館長さんによる「太閤検地」

 6年生の社会科の学習に、亀山市歴史博物館の館長さんに来ていただきました。「天下統一」の学習の場面で、豊臣秀吉が行った『検地』のことを亀山市の歴史と結び付けて話をされました。小学校の社会科教科書には、検地のことがこんなふうに書かれています。
 「・・・平定した国々で検地を行い、田畑の広さや土地のよしあし、耕作している人物などを調べ、収入を確かなものにしました。・・・」
 秀吉が全国にこの命令を出して検地をおこなったわけですが、亀山にも3地域で、その当時の検地帳が残っているそうです。坂下村、木崎村、野尻村(今の野村町)です。そして、秀吉が直筆で書いた書状もありました。当時、亀山を治めていた藩主に秀吉が検地の命令を出していました。その本物の書状も3通見せていただきました。400年以上前の書状とは思えないくらい、字も和紙もしっかりしていてきれいに書かれています。専門機関の鑑定付きで、秀吉直筆のもの。6年生諸君は、まさにお宝を拝見いたしました。