浅田真央さんのこと

 昨日同様、今日は日曜日で学校は休みですので、校舎内は大変静かです。しかし、運動場からは、野球チームの元気のいい声が聞こえています。今日は、気温がぐんぐん上がって、半そで一枚でも過ごすことができました。ただ、私はヒノキ花粉に困っています。杉花粉が終わったら、ちゃんとヒノキが待っていました。いつまで続くのでしょうか?
 今日はスポーツ、アスリートの世界の話をさせていただきます。ほぼ1年を通して競泳陣のレースが開催されていますが、男女とも若い選手が大活躍をしています。どんどん日本記録を塗り替えています。また、卓球界でも、昨日大金星がありました。これまた大変若い選手が世界ランキング1位の選手を破りました。本当に、若い選手の台頭はまぶしいものがあります。
 一方、そんな若い力の台頭とともに、競技の第一線から引退をしていく選手も多くいます。国民的ヒロインと言ってもいいくらいの選手、先日引退を表明した浅田真央さんです。26歳というと、普通の一般社会では、まだ新入社員という年齢ですが・・・・。これからの長い人生を、後輩や若い選手、そして日本中の子どもたちのために捧げてほしいと思います。心に残った新聞記事がありました。

トリノ五輪をひかえた2005年の女子フィギュアスケート陣には有力選手がひしめいていた。荒川静香(あらかわしずか)、村主章枝(すぐりふみえ)、安藤美姫(あんどうみき)、中野友加里(なかのゆかり)、恩田美栄(おんだよしえ)の各選手……その6番目の末妹のような浅田真央(あさだまお)選手だった▲当時15歳の浅田選手はグランプリファイナルで日本人2人目の優勝をとげ、一気に五輪出場への期待が高まる。だが五輪の年齢制限にはあと3カ月足りなかったのだ。この一件を割り切れない思いと共に覚えておいでの方は多かろう▲当時の小欄は人魚の6人姉妹の末妹が15歳になって初めて海上の世界を見るアンデルセンの「人魚姫」を引き、ルールの無情を嘆いた。以来わが子、わが妹を見守るように浅田選手の成長から目を離せなくなった大方の日本人だった▲世界のトップ選手として女子には至難のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に挑み続けたその後の浅田選手の10年余である。その氷上の演技を同時代の記憶として胸に刻む人々にとっては今も末妹のような「真央ちゃん」である▲3度の世界選手権優勝をはじめ栄光の記録はむろん忘れられない。しかし、思い起こして今も心震えるのはバンクーバー五輪の金妍児(キムヨナ)選手との対決での悔しい銀メダル、順位は6位に終わったソチ五輪でのフリーの圧巻の演技である。勝利は尊いが最上とは限らない▲ブログで引退表明した浅田選手はきょう記者会見する。アスリートとして挑んだ運命、そして人々に愛される運命をまっとうして決意した新たな出発を心から祝いたい。【4,12毎日新聞より】