戦争遺跡(北伊勢飛行場)

 川崎小学校がある能褒野は、その昔北伊勢飛行場がありました。そして、川崎小学校も当時飛行場に隣接する兵舎でした。
 今でも学校やその周辺に当時の面影を見ることができます。

○北伊勢飛行場について
(地域の方からの聞き取り)

☆今から60年ほど前(1942年)戦局の拡大のため戦闘機乗務員の育成が急務となり、明野飛行学校(陸軍)の分教場として北伊勢飛行場が開設された。

☆突然重機が多数やってきて突貫工事により造成されたという。

☆訓練中の飛行機がしばしば墜落したそうである。

☆墜落した飛行機はすぐに回収に来た。エンジンの不調が多かったようである。

☆子どもも除草、まき運びなどで動員された。

☆本物の飛行機はあまりなく、偽装のために教室の天井板をはずして飛行機に見立てたものを作った。

☆本物の飛行機は格納庫(掩体壕 えんたいごう)に隠した。

学校の北約2kmにある掩体壕(えんたいごう)跡。
分厚いコンクリートでできている。
現在は民家の車庫兼物置となっている。
昔はもっとあったそうだがほとんどが取り壊された。
学校の東にある工場に残る格納庫の跡(基礎部分)。
大変頑丈で取り壊すのが大変なため残ったようである。
川崎小学校の観察池。兵舎の噴水池であった。防火用水も兼ねていたようであり、当時は相当深かったそうだ。終戦時、銃器を埋めて隠したという言い伝えがある。
川崎小学校正門。兵舎の正門だったそうである。重厚な造りであるが、ひび割れ等の痛みが激しく、普段は閉じられている。
 校区内には防空壕跡なども現存し、この地域は貴重な戦争遺跡が数多く残されている。
 現在各地の戦争遺跡はどんどん消滅し、風化しつつある。
 当時の様子を詳しく知る方からの聞き取りをさらに進め、子どもたちとともに、戦争遺跡を風化させない取り組みを行っていきたい。
川崎小学校では平和教育に取り組んでいます。
今年の夏休み(8月4日)の平和教育の様子です。
暑い中、平和の尊さについて熱心に学習しました。